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フィリピンを学ぶ ‐ホセ・リサールについて‐【フィリピン留学】

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英語留学をするにあたり、留学先の国を知ることはとても大切なことです。そこで今回はフィリピンを学ぶと題して350年続いたスペインの植民地支配から独立に導いた英雄ホセ・リサールについてご紹介します。

 

CONTENTS

 

 

英雄ホセ・リサール

 

英雄ホセ・リサール(1861-1896年)とは、フィリピンの独立に貢献した英雄として知られています。リサールは、メスティソと呼ばれる中国とフィリピンの血をひく一族の出身です。子供の頃から語学力に秀でており、スペイン語、フィリピノ語だけでなく、フランス語、イタリア語など多くの言語を話すようになります。そして、著作家、医師、教師、政治活動家など様々な分野で活躍してフィリピンを独立へと導きます。

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フィリピン政府公式認定 語学学校NILS

 

スペインによる350年続いた植民地支配からの独立を働きかけ、投獄され、その後は政治活動から退いたものの、反逆の罪で銃殺刑に処され若くしてこの世を去りました。リサールの命日12月30日は、「国家英雄の日」としてフィリピンの祝日となっています。

 

植民地支配から独立へ

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フィリピン政府公式認定 語学学校NILS

 

1860年宗主国スペインの内乱をきっかけに、フィリピン国内では自由獲得運動などが始まり、独立の機運が高まりました。リサールが生まれたのはこの時期1861年のことです。実際にフィリピンがスペインから独立を果たすのは1898年、リサールの死から2年後になります。350年もの長きに渡りスペイン植民地として支配されてきたため、フィリピンの独立は簡単なことではありませんでした。

 

フィリピン人に誇りと自由を

 

リサールは優秀な頭脳と優れた芸術的才能を持ち合わせた偉人で、持ち前の語学力に磨きをかけながら、ヨーロッパ各地で高等教育を受けます。そして、真の独立の精神を学び、文筆家としてフィリピン人の誇りを取り戻すことの大切さと、ヨーロッパの植民地支配へのNOを示していきます。リサールの政治活動スタイルは闘争や紛争ではなく、頭脳と精神で、国家の独立を内面から推し進めていく平和的で革新的なものでした。

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フィリピン政府公式認定 語学学校NILS

 

処刑

 

リサールはヨーロッパで学び、著作を発表しながら、フィリピンへの帰国を果たしますが、政府からの執拗なマークに遭い身の危険を感じます。そこで再びヨーロッパへ渡り、活動を続け、1892年、再度フィリピンに帰国して逮捕、流刑に遭うのです。流刑で送られた先のミンダナオ島では、住民たちに慕われながら医師、教師として地域に貢献し、刑期を終えます。その後、軍医として医師としての技術を活かし祖国のために働こうとした時に、別の独立活動家らの支援者と疑いをかけられ逮捕、処刑されるのです。

 

独立への道

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フィリピン政府公式認定 語学学校NILS

 

フィリピンは、この後1898に一時独立を果たしますが、次はアメリカの植民地となり、日本の植民地支配も経験しています。実際に独立が果たされるのはリサールの死から50年後の1946年のことです。マニラにはリサール公園があり、中央の大きな碑の下で国民に愛されながら眠っています。リサールが人々に伝えた独立の精神は、今でもフィリピンの人々に伝えられているのです。

 

まとめ

 

このように、フィリピンは激動の時代を乗り越えて、独立国家となりました。そして、忘れてはならないのは私たち日本人も植民地支配をしていた事実です。大切なことは過去を振り返るだけでなく、これからのフィリピンと日本の豊かな関係を築いていく私たち1人1人の心の在り方なのです。

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